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ああやっぱり現代版松下村塾やりたいんだなぁ、私。

石川尚子コーチの連続講座体験会に参加してきました。
「子どもを伸ばす共育コーチング」という本を書かれていて、岸コーチの講座受講してた頃からよく話には聞いていて、かれこれ6年間くらい「いつか会ってみたいな〜」って思ってた。
そしたら旦那さんから、行こ!ってお誘い。
これは何かある。と思って参加。

 

はじめてコーチングに触れる人のために、
専門用語をいっさい使わず、教えることもせず
でも「これがコーチングなんだ」って体感させてしまう空気。これか、と思った。

 

後半は、昨年本の縁で取材に行かれたオランダの教育・教員養成課程のお話。子どもたちが公立私立問わず、学区も関係なく自由に学校を選べるという話は聞いたことがあったが、教員養成課程にコーチングが取り入れられている、というかベースになっているというのは初耳。驚き。これを日本のスタンダードにしたいという話、というか石川コーチのコミットメントに胸が熱くなった。

 

ずっと自分が受けてきた日本の公共「教育」に疑問や課題意識を持ち続けてきた。

中学生のとき、授業で与えられた課題が早く終わったので、部活の仲間にあげるミサンガを編んでいて注意され、怒られる意味がわからなくて軽く騒ぎを起こしたこと。
「元気なあいさつ」を強要する教師に辟易していたところ目をつけられ「なぜあいさつしないんだ」と質問され「する気にならないからです」と答えたら合唱交換会が中止になったこと。笑
ふてくされて音楽室にひとり残っていた私にずっと寄り添っていてくれた担任、それでも友達でいてくれた仲間。
山梨だから、公立だから、埼玉の私立の吹奏楽部には太刀打ちできない。行く学校の違い、環境の違いで結果が変わるなんて何事だろうとイラついてたこと。その怒り(だけじゃないけど)をエネルギーに誰よりも練習して、指揮者として全国大会金賞を2年連続取れたこと。
高校生のとき、教師対生徒ではなく、人として対等に向き合ってくれる大人に出会うことができたこと。自分で調べて推薦入試を受けて志望校を決めたら、センター試験と有名校に合格して合格実績に名を連ねることが推薦入試出願の条件で、ハァ?って思ったこと。

へんだなあ、って思うこともあったし
自分は恵まれてるなぁ、って思うこともあった。

 

大学もあえて教員養成課程ではなく「教育学」そのものを専攻した。学問の中に答えは無いと身体で悟りひたすら実践を重ね(今こういうと聞こえはいいが実際相当遊んだしいろんな活動に勤しんで勉学は…卒業単位ぴったりで卒業したし)、コーチングと出会い、いまも仲良くしてる大好きな仲間達に出会い、一目惚れして入社を決めた人材教育コンサルティング会社の人事担当として走りながら考え、働き、悩み、結局自分の人生は自分でつくるしかないんだ、誰にも答えはわからないんだ、と腑に落ちて、直感に従ってみて、やりたいこと思いっきりやっても死なないんだ〜ってことがよくわかって、そしていま。

 

知る、わかる、行う、できる、分かち合う。


転換点がまた来てるのだなぁということを、思った。

 

メールコーチングをするようになって、プロコーチとして立場をとり、この間ある仲間とSkypeミーティングしてたときに思ったことがある。

 

「月○円の副収入を得られるようになる!」とか、何桁稼ぐ!とか、そういう講座をやるのは簡単だ。やり方のカラクリもわかった。でも私がしたいことはそれじゃない。

 

かといって、これまでの自分の努力の痕跡を晒して、あとに続く人にそれを強要し、ジャッジし、相手の可能性を奪うようなこともしたくない。

 

やっぱり私は、「コーチ」でいたい。


そして、それが決して特別なスキルや地位ではなく、どこにいても誰もいても他になにか仕事をしていてもしていなくても、できることなんだなということを、1人でも多くの人に伝えたい。というか実感してほしい。

 

なので、メルコーチ(メールコーチングの団体)に引き続きコミットする。自分が特別な存在になるのではなく、在宅の主婦とか、地方に住んでる人でもできる、価値あるシゴトとして普及していくことにコミットする。

 

日本の教育が変わろうとしてる。


変えようとか、変革とか、それをビジネスにするとか、気合を入れなくても。もはや変わらなくてはこの先、生きていけないから。それが分かってる人は準備を始めているし、そうでない人は淘汰されていく運命なのだ。

 

私はただ、日本中の隅々に
自分の人生に何よりも夢中で
だからこそ自分以外の人の人生の尊さも
心から感じられて、応援したいと思えて
その相互作用でお互いがどんどん、
最初自分ひとりでは想像もつかなかったような
「理想」のその先へ
気がついたら立っていた、みたいな。
そういう「コーチャブルな生き方」を
生きる人が増えてほしい。
そして自分もその1人として死ぬまでいたい。
そう思う。心から。

 

なので今日、

講座に参加してひらめき、決めた。
私の住む山梨県都留市には、全国的にも珍しい市立の教員養成課程を含む大学、都留文科大学がある。ここの学生たちと最近一緒になったり、話をする機会が増えてきているので、彼らとのつながりを中心に、それ以外の一般の人でも「共育」ということばにピンとくる人たちが定期的に集える場を開放して、コーチンググループをつくろうと思う。

 

教師はいない。代表もいない。

ただそこには人の輪と、それぞれの志があるだけだ。
でもそれで、十分じゃないかと思う。

 

機は熟したり。

 

ただのゲストハウスでは終わらない。
というか始まったばかり。


現代版松下村塾、始動していきます。


お楽しみに。

 

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